家族へ感謝のお話

住職のおはなし

妻のことは、今が一番好きです。

 そう思えるのは、これまでの思い出がたくさん積み重なってワインのように熟成されているから。

 たとえば女優の北川景子さんはきれいでとても素敵です。しかし私は北川景子さんとの思い出は何一つありません。そもそもお会いしたことも、一緒に食事をしたことも、買い物に出かけたこともありません。当然、病気のときに背中をさすってあげたこともありません。

 しかし妻は違います。毎日顔を合わせ食事を共にします。食卓には私の好きな納豆を用意してくれ、しかもカップのまま出すのではなく、きれいな器に盛り付けてお給仕してくれます。

 スーパーで他の納豆が特売しているのに、わざわざ私の好きなひきわりタイプを購入してくれること、私が良い睡眠をとれるようにとこれまで何十回、何百回と布団や枕カバーを洗濯し綺麗にしてくれたこと。それにかわいい娘を命がけで出産してくれて、今も一生懸命育ててくれてます。

 夫がゼロからお寺をつくりたいといいだし、付き合ってくれました。「南無妙法蓮華経」と書かれた太鼓を叩きながら市内を歩いていたとき、少しつらい目にあいました。妻に相談すると当時の妻は「私も一緒に歩いてあげたい。」といってくれました。当時は娘がまだ産まれたばかりで、それが叶わなかったのですが、妻の言葉にとても救われました。思い出に加えて、妻には感謝や尊敬もあるのです。

 今年私は44才になりますが今さらながらハッと気づきました。一番大変なのは妻ではないかと。夫の世話、娘の世話、飼っている犬の世話。自分の仕事もあり、両親のことも気にしながら、毎朝早く起きて娘のお弁当を作って送り出しています。
 
 あぁ・・・私はなんてダメな夫でしょう。今まで何も考えずに妻がつくったものをただただ口に運ぶだけでした。今、目の前に並んでいるお料理も妻がひとつひとつ一番おいしそうな食材を選んで、忙しいなか夫と娘の健康のために作ってくれたものなのに。

 仕事に入ると忘れてしまうので、その場ですぐに妻にラインをしました。「いつもありがとう」と。

 ちょうど私の大腸がんの検診の日だったので「何か見つかったの?」心配されてしまいました。笑

 『ありがとう』とは「有難い、滅多にない」と気づけたときの気持ちです。「ありがとう」は自分の目の前に、たくさん落ちていることに気付ける一年にしていきましょう。

 本年もよろしくお願いいたします。

一妙寺住職 拝

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