魂と心の違い

魂を社長とすると、心は秘書です。

秘書は有能ですから、いろんなプランをたてたり、学んだことをデータ化するのに優れています。ただこの秘書(心)には「物事の正しい見方ができない」という欠点があります。

なぜ心には問題が解決する力がないかと申しますと、心には智慧がないからだと、経典には説かれます。秘書には智慧がありませんが、社長(魂)には智慧があります。
仏教は智慧の教え、法華経は私たちに仏の智慧を授ける教えです。法華経を保つということは仏の智慧を相続することです。

秘書(心)と社長(魂)の違いは何かと申しますと、秘書(心)は物事を論理的に、物事を二つにわけて考えます。

例えば方位というのは本来は存在しません。宇宙には北も南もないんです。でもそれではわかりにくいので人間が約束ごとで方角をつくりました。

色の世界でも同様です、白の世界に赤が入り初めて自分が白色であることがわかります。人間の思考は対立するもの作って、方角や色を認識することができます。

魂が肉体に宿ると、体内に心が生まれます。そして心は死というものに対して恐れを抱くようになります。

肉体にとって死は一番の問題です。そこで秘書(心)はこう考えます。死は悪であり、生は善であると。

しかし、動物の世界には死への恐怖は存在しません。それは動物が魂と肉体だけで構成されているからです。本能によって生活してるので、死の事を心配して生きることがありません。

人間がいないこの地球を想像してください、善悪は存在しません。善悪が存在してるのは人間社会だけであり、宇宙に善悪はありません。人間だけが火山の噴火を災害といいます、動物は悪といいません、人間だけが悪といいます。そして自分の生を保障してくれるものを善といいます。

善と悪が物事の判断基準になっていることは人間社会の中だけの話であり、宇宙の法則、自然の摂理から考えれば、物事は対立するのではなくて、お互い補い合う関係にあること、相互関係にあることに気付かされます。

2015年01月15日