文化時報の記事

 

  日蓮宗は平成22年に国内開教制度を発足し、国内開教師第1号として赤澤貞槙師(31)を任命。同年11月から活動を続けていた国立布教所が18日に日蓮宗と包括関係を結び、結社に昇格した。 在家出身で15歳にして得度。身延山高校、立正大学を経て、29歳で2LDKの借家ながらも国立布教所を設立した。 設立から1年半で結社に昇格し、「想像以上に順調に進んでいる」と語る赤澤教導に、これまでの経緯と、現状を訊ねた。

 

15歳で得度を発心した理由は

赤澤教導 母方の実家が日蓮宗で、自宅を法華道場とするほど信仰熱心な祖父母を見ていて、幼いころより僧侶になろうと決意していました。中学3年生の時、初めて身延山久遠寺にお参りし、大本堂で日蓮聖人より「あなたはお坊さんになりなさい。そうすれば大勢の人が救われる」との暗示を受けたのです。その後、身延山の本山寮へ入学しました。

 

どうして国立の今の地に

赤澤教導 三多摩地域は日蓮宗寺院が少なく、その中でも国立は全くの空白地帯でした。現在の地は駅から歩いて15分。場所を選ぶに際し、坂道がないこと、バス停が近くにあること、電話で説明がしやすいように駅から曲がる箇所が1ヵ所など、完璧を求めました。随身していたときから手当を貯金し、銀行から借りてでも、いつか自分のお寺を持ちたいと思っていました。仕事と考えれば、決して割の合う仕事ではありませんが、私を支えているのは、「仏教が好き」という熱意、「人の役に立てて嬉しい」という喜び、そして何よりも「日蓮聖人の弟子である」という自負です。 主な活動は。 赤澤教導 毎月第4日曜日に「お経と法話の会」を開催しています。設立して1か月目から始めましたが、初めは御本尊もなく、段ボールの祭壇で、参加者も2~3名でした。今は声をかけなくても、人が来てくれるようになり、多いときで20名ほどの参加があります。  毎月の寺報発行や、団体参拝も年中行事の1つで、今度の身延山参拝には40名ほどを予定しています。だんだん人数が増えてきて、嬉しく思います。

 

活動していて、印象的だったことは

赤澤教導 日蓮宗がこんなに有名だったのかと改めて思いました。日蓮宗のお寺がないから、「ここでお題目を弘めるぞ」と思ってきたのに、そのお題目に逆に助けられています。行脚していて、「日蓮宗の方ですか」と声をかけてくれる人がいる。そんなとき、本当にお題目に救われたという気がします。そういう出来事があるだけで、経済的に軌道に乗らなくても、結構うれしいものですよ。

最後に赤澤教導は「日々、本当にやりがいがある。中学3年生の時に受けた暗示はこのことかな」と楽しそうに語った。今後も、信徒とともに一緒に寺院を育てる「育寺(いくじ)」を合言葉に、畳8枚の小さな仏間から新しい寺院の形を模索していく。

 

【記事紹介】文化時報2012年5月号掲載

2012年06月01日