イワシのトルネード

私達はお位牌やお墓に「亡くなった御先祖様の法号やお名前が記されているから合掌している」という性質がありませんか。

仮に何も名前が書いてないお位牌だったらどうでしょう。奈良や京都で見かける五重塔は大きなお位牌ですが、戒名が刻まれていないので霊魂感は若干うすれます。どちらかというと仏教のモニュメント、地域のランドマーク的な要素が強い印象を受けます。

戒名が刻まれてないから、供養する気持ちが起こらない。即ち、人間は目にみえるものでなければ、なかなかその存在を受け入れることができないことに気付かされます。

しかしこの世の中には正体はわからないけれども、感動させられる時があります。

例えば水族館でみるイワシの大群、きれいな群れをつくる5万匹のイワシの大群泳が水槽で銀のカーテンを描きます。
わたしたちのモノの見かた、つまり4次元までの世界観で考えますと、イワシに餌付けをして作為的にこのトルネードを完成させたという答えになります。

しかしそれだけでは、疑問が残ります。餌付けと息の揃った方向転換の因果関係が成り立たないだけでなく、何故遊んでいるイワシが見当たらないのかという不思議さも残ります。

このイワシの見事な大遊泳は、イワシ1尾1尾が個々に泳いでいると考えるよりも、私たち人間の五感ではキャッチできない大いなる自然の神秘的な法則に従ってこのトルネードができあがったと考えたほうがよほど科学的です。


この力の働きや法則を私達の「縦」「横」「高さ」しかキャッチできないモノの見方で捉えるのではなくて、つまり神仏の世界をこちら側に取りこんで解明するのではなくて、「あるがままを受け入れ礼拝をする」。これが本来のあり方でなないでしょうか。

人間にはとらえきれない力の働きがあるから、感動する。今日は水族館のイワシから学びました。

2014年09月01日