布教の悦び

2010年9月27日、私、赤澤貞槙は日蓮宗宗務院にて日蓮宗の宗務総長より「国内開教師」の辞令を賜りました。私自身はもちろん、日蓮宗にとっても新たな船出です。

浄土宗、浄土真宗ではいちはやく展開されてきたこの「国内開教(都市開教)施策」ですが、日蓮宗にとっては初の試みです。「実績を重ね、前例をつくり、宗内に新しい制度をつくっていく。」その責任の重さをずっしりと感じながらも、同時にこみあげてきたのは僧侶として「布教のできる悦び」でした。希望に満ちあふれた未来への扉がゆっくりと開かれていく感触を胸に刻みながら、辞令を拝受したのを今でもよく思い出します。

国内開教は、見知らぬ土地へ趣き、布教をすること。檀家さんはいらっしゃらない、仏具もない。借家の布教所、まさにゼロからのスタート。大変ですね・・・と思われがちですが、決してそんなことはありません。

むしろ、大切なところは全て整った状態からのスタートであると感じております。それは何故か。

僧侶になるために、僧侶として生きていくために、生まれてきましたという方が、この世界にはたくさんいらっしゃいます。

私の場合でも、身延山久遠寺→善性寺→信行道場→法真寺→荒行堂→立源寺と、ざっくり考えただけでも7つのお寺も門をくぐりました。ただくぐっただけではありません、中に入ったからには朝に夕に僧侶としていそしみます。

私の僧侶としての、知識や技術はもちろん、心やこの大きな身体までもが身延山や荒行で育てて頂いたものです。仲間と歯をくいしばりながら、痛みに耐えながら、泣きながら笑いながら蓄積したものです。決して自分だけの財産ではありません。

目にはみえませんが、心には大きな支えがたくさんあります。
物質的なものはゼロからのスタートですが、精神的なものは満たされた状態からのスタートです。

なによりも、日蓮宗が宗門をあげて応援してくださっています。

一妙寺は生まれたばかりの小さなお寺ですが、私もこのお寺と共に少しずつ成長していきたいと思います。今後もより一層の御指導をよろしくお願い申し上げます。

2011年03月01日