僧侶の笑顔

僧侶には、心配りの良さそうな人が多い。私が今までご指導をいただいてきた先輩各聖を思い浮かべても、少なくても袈裟衣を身につけているときは、心が穏やかな方が多かった。まあ、それしきの揺れ動くことのない強い気持ちを持ち合わせなければ眼前の仏さまへ申し訳が立たたないであろう。

過酷な修行で身体はお疲れなのであるが、飾らない心情を律儀にあらわすことができる。
「腰から下を切りたくなる程の正座の痛み」
「突然身に降りかかってくる過酷な修練。何も起きなかったらありがたいという時間感覚」
「世に荒行と称せられる大修行を達成したが、お寺を持っていなければ社会的に信頼されないという悲しい現実」

出家をし、修行を積んだが悟りのゴールはどこであろう。それは決まったものではない、昔を振り返った時にあったなと眺められるような、今この瞬間あるなと思えるような、点のようなきらめき。飢餓や貧困、差別や格差が厳然としてあろうとも、きらめきのある人生は美しい。

僧侶に備わる優しい笑顔は、修行中の山の中から持ち帰ってくるものであると感じる。多感な10代、20代は修行僧として山での生活をおススメします。

2013年11月01日