一妙寺の地鎮祭

史上最高齢でエベレスト登頂をされた登山家の三浦雄一郎さんの苦闘は、山を登るよりも降りるときにあったでないかと素人ながらに想像する。

 山頂の絶景や栄光、最高齢という快挙の陰にかくれて、下りる行為はいささか地味だ。しかし決して侮れない。下山で事故が起きらないとも限らない、登ったら終わりでないから、厳しく難しい。

 そう、登ったからには降りなくてはならない。日蓮宗の国内開教師を拝命したからにはお寺を建てなくてはならない。そして、お寺を建てたからには永続的に活動を行えるだけの基盤を作らなければならない。

 お寺づくりは成功しなければ意味がないのである。
 
 住職として立派な袈裟をかけ、礼盤に登り、脚光をあびる。それは登山で例えれば山の頂きに到着した一瞬の喜びでしかない。無事に生還してこその成功、これからが一妙寺の正念場であろう。

「お寺づくり成功の秘訣」ってなんですか?

そんなものはあるわけがない、応援してくれる信徒さんがつくかどうかはやってみなければわからない。経済的に安定するかどうかもやってみなければわからない、お寺は上場企業でもなく、手厚い保障のある国家機関でもない。厳しい挑戦にかわりないが、こんなにやりがいのある仕事もない。

「本当に救われました」「出会えたよかった」「お寺をつくって頂きありがとうございました」という声を頂く度に何物にも代えがたい喜びが湧き出る。一妙寺を作ってよかったと思えるのは、いつもそんな時だ。僧侶として一生を懸けるに値する、価値ある仕事。

工事の安全、土地のお清めにプラスして、「一妙寺にお参りしてくれるたくさんの人の笑顔と安らぎの為に、僕にパワーをください。」そんなことをお願いしながら地鎮祭でお経を読んだ。

2013年06月01日