本堂の設計

姿カタチのないものに心を尽くすーというのが私の信仰の持論であるが、気持ちをカタチにしていくのもまた美しいものである。両者は背中合わせでどこか似ている。そして大切に守られているものにはこの二つが共鳴していることに気付く。

仏つくって魂入れずという言葉がある。仏像を彫る仏師は仏像製作を決して作業として行わない。まず水を被り、己を清め、木の中に宿っている精霊を呼び起こすという一心で彫りつづける。そして供養を願う僧侶の読経が光輝く仏像を作り上げる。心が込められなければ仏像とはいえない。

職人が素手で握った寿司を、食べる側が素手でとってそのまま口に入れるのが美味さの秘訣であるのと同じであろう。握った人間が客の前に心をこめて、どうぞと出したときに初めて寿司に心が入る。

ご本尊に礼拝し、供養の香を手向ける。それが心であるならば体となるのは寺院の伽藍である。両者がバランスよく共鳴し、大きなものが完成する。

一妙寺の本堂設計を国立市在住、建築家の岡田哲史氏が快く引き受けてくださった。

「お金があってお寺をつくるのは簡単です、お金がないけどお寺をつくる。そこは設計士の腕のみせどころです。僕は設計の世界で恩恵を受けてきました。恩返しをさせてください。」

千葉大学大学院工学研究科准教授、イタリア建築家協会が主催する国際建築賞でグランプリ受賞をされている氏のお言葉である。

岡田哲史先生、どうぞよろしくお願い致します。

2013年04月01日