諸行無常のお話

お釈迦さまはお悟りを開かれました。まず一番初めに説かれましたことは

「人間というものは数多くの御先祖様からの、御縁というものを頂戴して、生かさせていただくが誰もが没するときを迎える」

頂いた命はお返ししなくて成らないということでした。

私達が大好きな「平家物語」の冒頭部分におきましても、やはりまずはじめにこのことが説かれております。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」

鐘の音というのは、朝についても、夕べについても、物理的には同じ音で鳴っております。しかしながら、何故か昨日の鐘の音と今日の鐘の音は違って聞こえる。その原因を探りましたところ、それは鐘ではなく鐘の音を聞いているわたしたちが「常に変化を遂げている」という答えに辿り着きました。

同じ私でも昨日の私と今日の私は少し違います。なぜなら今日の私のほうが一日多く生きております。

無常の理を示され、お釈迦さまはこのことを「諸行無常」とおっしゃられました。

どんなに良き病院、良き医者、良き診たて、良き薬にあうといいましても、頂いた命はお返しするもの。これが天と地の間に人が生かされる、間に人が生かされる、即ち人間の摂理です。

変化するが故にひとつの所に留まることができず、従って満たされることがなく、お釈迦さまはこのことを「一切皆苦」と説かれました。

しかしながら私達は知識や知恵、敬いの気持ち、感謝の気持ちを持つことによって、この厳しい現実の世界でも満足できるこも知りました。

それは「満たされないことこそが尊い」という、仏教の教えにつながりました。

2013年02月15日