お迎えの心

お盆の季節を迎えました。お盆とはあちらの世界(彼岸)からこちらの世界(此岸)へ、亡き人の魂が帰ってこられます。この時期は家族で魂のお迎えの準備をするのがお盆です。
 
御先祖様は13日の朝に来られ、15日の夕刻、もしくは16日の朝に元の世界へとお戻りになります。その為に私達は1週間前、即ち7月7日にその準備を致します。
 
 お仏壇の前に棚を設け、ナスで作った牛、キュウリで作った馬を供え、正面には亡き人が使っていたお茶碗にご飯を盛ります。そのご飯に「御先祖さま、あなたが戻ってこられるのはこの家ですよ」という意味をこめた幡(はた)をたてます。
  
 みなさまは故郷や御実家に戻られた時に、例えば空港の到着ロビーで、旗をふって迎えられたら嬉しいという宗教心はお持ちでしょうか。人間は迎えを受け、旗を振られると嬉しいものです。仏さまも同じです。棚にご飯を供え、旗をたてて供養をする。これが「たなばは(棚幡)」です。7日の夕刻(七夕)にお盆の準備をするので、たなばたといいます。これが転じて、織姫と彦星の物語になりましたが、天の川とは三途の川のことを指します。あちらの世界へいくときは、三途の川を渡っていかれたのですから、こちらの世界へ戻られるときも、三途の川を渡ってこられるのです。

 一番の御供養は、御先祖さまへ皆さまが元気に、仲良く、お暮らしになっているところをお見せすることです。
 しかしこの「仲良く暮らす」というのが、我々人間にはとても難しいことで、相手に腹をたてたり、不快に思うことはよくあることです。「形あるものは変化するもの」というのが仏教の基本理念です。この変化の中にあって、良い関係を保つために必要な修行が「施し」であるとお釈迦様は説かれました。 考えてみてください、「絆」って面倒ではないですか。絆とは決して麗しい言葉ではなく、不愉快に耐える能力の事を絆といいます。
 
 施しは小さなことから始まる一番優しい仏道修行であり、最も尊い行いです。
 
 今日は一妙寺のお施餓鬼法要、施しの法会です。みなさまがお持ちくださったお米をお供えし、祭壇が「施しの気持ち」に彩られました。
スポーツ観戦は生に限るというのと、似た感覚でしょうか。お寺に来て、ほとけさまに施すのって気持ちいいな、心がすっとするなとお感じいただけたら、それは御功徳といわれるものです。

2012年08月01日