一杯の水

暑さが増すにつれ、私達は水が恋しくなり水に親しみます。そのために大切な水を、とかく粗末にしてしまうことがありませんか。

日蓮宗では毎年、総本山身延山久遠寺にて僧侶となるための最後の関門、信行道場が開設されます。真夏の照りつける暑さと、清規を設けた集団生活をおくる修行なので、水一杯の尊さを深く体験します。

小さな容器一杯の水にも合掌し、いただくのが修行僧です。慎ましく、1粒の米をも「菩薩」として受けとめる修行をします。私たちはふだんの豊かな生活に慣れると、1粒の米、1滴の水に対する敬虔な気持ちが失われがちになると気づかされます。

 東日本大震災や阪神大震災では、ライフラインが遮断され、被災区域の方はとても苦労しました。幾日、幾十日ぶりで復旧した水道です。新聞の投書には「蛇口から水がでるよと拝む母」という川柳が私の目にとびこみました。

平安なときには知られない厳かな水の貴さを、連日の暑さの中に忘れないようにしたいものです。

2012年07月01日