仏様の声

お釈迦様には1冊の著書もありません。今、私達が読むお経は弟子の阿難(アナン)がお釈迦様から直接聞いたお話をもとに、迦葉(カショウ)尊者らが集まって「お話の編集」をしました。そして耳から口へ、口から耳へと伝承され、やがて文字で書き表わされて、今のお経になりました。

 多くのお経のはじめに「如是我聞(にょぜがもん)・このようにわたしはききました」とあります。

お釈迦様が御入滅された後、その教えは弟子たちの記憶暗唱を頼りとして受け継がれてきました。異説が生じることを防ぐ意味でも、教団の統一をはかるためにも、互いの記憶を頼りにしながら、経典の編集が行われました。

伝承によれば、中心となった編集作業は4度おこなわれ、その都度500人、700人、1000人と大勢の僧侶が集まりました。そして創られていった経典も膨大な量となります。華厳、阿含、方等、般若、法華、涅槃とさまざまなジャンルが確立され、ものすごいボリュームです。

弟子たちの伝え残した教えが、中国へ渡り漢文に訳されました。
そこで経頭に「如是我聞(にょぜがもん)」とつけられました。中国で「如是我聞」とつけられたのはどういうことでしょうか、お釈迦様のお声を聞いたはずもないのに。

私は思います、「私はこのようにきいた」のではなく、「私にはこのように聞こえてくる」が「如是我聞」であると受けとらせていただきます。
お仏壇の前に座り、御本尊様と向き合い、手を合わせ、心を静かに。
すると聞こうと思わなくても自然に聞こえてくるものです。

ゼロからの出発でお寺を開山させる為には様々なリスクが伴います。
どうやって檀家さんを集めよう?収入は?建物は?そもそも資金はどうしよう?
多くの難題が目の前に立ちはだかります、そして失敗したら修行や布教どころではありません。多額の負債が残ります。

私の尊敬する浄土宗の開教使の先生もおっしゃられました。
「お寺を開くにあたりいろいろと悩みましたが、最後は御本尊様からのひとこと『行け!』でした」と。

賃貸マンションの一室から始まった小さなお寺は、今では浄土宗の空白地帯に一寺を建立され、地域の名物和尚となりました。「本当によく建ててくださった」とみんなに感謝されています。

これこそ正に「如是我聞」でしょう。

2012年04月01日