働かない働きアリのお話

私どもが礼拝をする日蓮宗の大曼荼羅御本尊は「善も悪もなく一つである、分別をしない調和」の教えをあらわします。

しかし私たちの住む世界は物質社会ですので、生産性や合理性を優先します。善悪を見極め合理的に組織を構築致します。
会社で例えますと、有能な人材は重宝され雇用しますが、そうでない方は不採用というお話です。

合理化が進むと便利になり、仕事もしやすくなりますが、同時に貧富の格差も広がってしまうことを忘れてはなりません。

現代は世界のお金持ち67人の総収入とその下の70億人の総収入がイコールで結ばれる時代となってしまったと先日の新聞で掲載されておりました。

しかしながら、共産主義のように誰もが同じお給料を頂ける社会が安らぎの社会であるともいいにくいのです。やはり人間は努力をした方には相応の報酬を貰うべきであるようです。

だからといって上位67人の総収入が70億人とイコールで結ばれる社会が決して良いとも思えません。

ただひとついえるのは、働かない社員を無能だといって切り捨てる以上、その会社に救いや安らぎはないということです。貧富の格差が埋まることもありません。自分の生活レベルを維持したまま、弱者を助けることはできません。「調和」の難しさに気付かされます。

皆様は「働かない働きアリ」という言葉をご存知でしょうか。


10匹のアリの集団の中に、仕事をしないアリが2匹いるというお話しです。人間社会で考えますとリストラ対象になってしまうアリでございます。
しかし、この2匹は他の8匹のアリが休んでるときに仕事をするそうです。


アリの社会は常に卵を守らなければなりません。組織が維持されるためにはこの2匹もまた必要なのです。その方の一部分だけをみて判断してしまうというのは私にも心当たりが良くあります。
共に苦しむ覚悟というと大変ですが、知らない一面を知ろうとする努力は私たちにもできそうです。

働かない働きアリも私たちには必要・・・仏教の調和とはこういうことかも知れません。

2018年06月01日