お位牌からのお言葉

それはとあるお宅の御葬儀でした。大勢の会葬者に囲まれたお棺は清澄であり、凛とした身の引き締まる様は今でも私の脳裏から離れることはありません。

 数え23歳の娘さまを亡くされた御両親の御心痛はいかばかりか、友人、知人と多くの方の涙をすする音が娘さまのお人柄を彷彿とさせます。

「娘は娘です、だから戒名なんていらないし、私達だけで静かにおくらせてほしい・・・実はそう思っていたんですよ」49日忌を無事に終えたお母様が、ふと私に語りかけてくださいました。

御家族の御希望でお仏壇ではなく、かわいらしいガラスケースにお位牌はお祀りされておりました。
父、母、姉、私だけの小さな49日忌法要、しかし御家族の気持ちがいっぱいにあふれた御法要でした。
こういってはなんですが御心配や、悩みがなく気持ちがすっきりしているようにもお見受けしました。
法号(お戒名)には「寄り添っている」意のことばを現わし、御葬儀では「お題目」を一緒にお唱えしました。

家族の死を受け入れる、物事のすじみちを考えたところでなかなかできることではありません。

「49日というお旅立ちの時間」が、「手を合わせお題目をお唱えする」ということが、しらずしらずのうちに私共を導いてくださることを感じられずにいられません。

娘さまは心の中にすーっと入ってきて、ずっと一緒に生きてくださいます。
なので御家族の方と一緒にお題目をお唱えし「これからもよろしくお願いします。」と願いました。

お守りください、いや、お守りくださらなくてもずっと私の心で生きてください。

「知識や技術を得ることに夢中になって、僧侶としての本分を忘れるな」とお諭しいただいたような気がします。

49日忌法要は午前11時からでしたが、退出した時は午後9時をまわっており、お父様やお母様にはこの上ない御供養をいただきました。美味しい手料理をいただき、娘さまと旅行に行かれたときの秘蔵映像まで見せてくださり、賑やかなひとときとなりました。

「おぼうさん、もっとゆっくりしてってよ。ここは私の家なんだから!」お位牌からそんな言葉が聞こえてきそうでした。

これからも精一杯この御家族の方とお付き合いしていきたいと思います。

2011年06月01日