月刊住職の記事


開教4年で新寺建立できた!東京都・日蓮宗一妙寺


「地方はどちらかといえば家の宗教。小さい頃からここのお寺さんに守っていただいている、という意識です。一方、首都圏で国内開教をしていると家の宗教というより、個人の宗教。そこに訴えかけていくのは、同じ日蓮宗のお寺の住職といっても、求められるスキルも活動もまったく違うと思います」


そう力強く話すのは東京都国立市の新寺、日蓮宗一妙寺の赤澤貞槙住職(35歳)だ。国立市は人口約7万5千人。人口は増加地域だ。一日約7万台が通るという甲州街道沿い、約60坪の敷地に白壁のモダンな三階建ての建物が新築されたのは平成26年。一妙寺だ。先述したとおり、同寺が日蓮宗の国内開教師制度の第一号寺院である。


赤澤住職が国内開教師に任命されたのは平成22年。現在地から数キロ離れた市内の住宅街の借家を布教所としてスタートした。当時、赤澤住職は奥さんとの間に、娘さんが生まれたばかり。一家三人の生活を背負っての船出だったが、わずか4年で新寺建立。費用は土地建物あわせて総額約1億円。貯金や銀行融資、信徒からの寄付でまかなった。すでに銀行には返済を終え、今年中には宗教法人の認証を目指すというから、その馬力はすさまじい。毎月の寺報は約300軒に配布する。背景には、お寺を求める人たちの強い思いがあったといえる。


赤澤住職は神奈川県川崎市の在家の生まれ。ただし祖父母が熱心な日蓮宗の信徒でもあり、子供の頃から仏教に関心があった。中学校の時、身延山久遠寺にお参りに行った時、「僧侶になれという暗示を受けた」ことから、両親の反対を押し切って僧侶の道へ。身延山高校卒業後、立正大学に進学。20歳の時に教師資格を取得し、26歳で百日間の荒行を成満した。その後、都内のお寺に勤めていたが、次第に自分のお寺を作りたいという思いが募る。だが当時、日蓮宗には宗派がサポートする制度がなかった。「宗門に〝浄土宗は国内開教制度があるのに日蓮宗はないのですか〟と助成金の申請をしたのです。そしたら〝話はあったが公募してもチャレンジャーがおらず凍結した〟といわれました。それで〝私がやるから解凍してください〟とお願いしたのです」(赤澤住職)
日蓮宗でも国内開教に力を入れようと考えていた時期。公募で希望者を募ることになった。赤澤住職は、持ち家率が低い国立市を選定。入念な現地調査の上、レポートを作成。緻密な計画と熱意が見込まれたのだろう。見事、国内開教師第1号に選ばれた。29歳の時である。


月収1万円を乗り越えられたわけ


布教拠点は駅から徒歩15分の2DKの一軒家に決めた。家賃は15万円。スムーズに借りることができたのか。「第一候補と考えていたところはお寺と聞くと煙たがられた。それで第二候補ではお寺とはいわず〝書道教室のようなものです〟ということにしました。」


本堂はリビングにダンボールで祭壇をこしらえた簡素なところから始まったが、木魚の上にはバスタオルを敷いて音を抑えた。地域の清掃活動にも積極的に参加。お寺にも来てもらった。そんな姿勢が伝わったのだろう。「駐車場を使っていいよ」という人もいて住民は好意的になった。


駅前で辻説法を行い、街を行脚した。チラシも5万枚近く配布した。しかし、反応は薄かった。助成金があるとはいえ、頼みの仏事も当初は少なく、月収1万円の時もあった。不安な時をそばで支えてくれたのが、歯科衛生士でもある奥さんの実永さんだ。共に行脚にも付き合ってくれたのだ。「国内開教師は孤独。自分の信仰だけが頼りです。思ったような反応がないと、自分の存在意義って何だろうとなかにはノイローゼになる人も出る厳しい世界です。私はゼロからお寺を作るのだから奈良や京都にない、既存のお寺にないお寺にしたいという思いがありました。その一つが女性に受けるお寺です。女性が写真を撮りたくなるようなお寺にしたいと思った。妻は私にとって世の女性の代表。その妻が一緒に歩いてくれるのだから、世の中的にヘンなことをしているわけではないと思えました」(赤澤住職)


また若い二人を助けてくれたのが地元の教区の同宗寺院だった。「都市部では、仏事の数がお寺の数より勝っている。〝土日空いてる??〟と霊園の法事やお葬式を回してくれました」


その1回、1回を赤澤住職は布教の機会として全身全霊で臨んだ。初めて出会った喪主に故人の話をしっかり聞いた。オリジナルの引導文を作り、暗証して読み上げた。法話は必ず行い、「四十九日はこんな話をします」と次の法事を頼みたくなるような仕掛けも考えた。今の本堂葬儀は、写真のとおりまるで自然の草花の中にたたずむような空間であることからも、心遣いが伝わる。春秋のお彼岸にも季節の花や果物、野菜がアレンジして供えられる。まさに思わず写真を撮りたくなる空間だ。心のこもった仏事に感動したのは遺族もそうだが、葬儀社もだった。「一妙寺のファンになった」と信徒になる葬儀社まで現れ、仏事の依頼が増えたのだ。開教たった1年で法務が10倍になったというから、驚くべき成果である。


こうして新寺建立にこぎつけた。ただ後進のためには、国内開教制度、それに首都圏布教にはこんな提案をする。「ゼロからお寺を作るのは大変です。銀行から融資を受けるのではなく、宗門に貸付制度があるといいなと思います。やはり利子のない身内に借りられると心強い。あとは、他宗の国内開教の方との情報交換も大切だと思います。私は自分から手紙を書いて教えを請いに行きましたが、ゼロからお寺を作るからこそ情報交換も必要です。もう一つは、地方出身の、日蓮宗の檀家の仏事を代行できるシステムです。宗門が〝仏事のご用命は直接ご依頼ください〟とPRするのも一つの方法ですから、そんなところに予算を使ってもらえたらいいなと思いますね」


アイデアがあふれる赤澤住職。国内開教師に任命されて6年目に入る今、改めて実感することがあるという。「実感するのは、ご本尊に向き合う僧侶の背中に檀信徒は礼拝しているのだということ。確固たる信仰心がいちばん大切だということです。合理的な世の中になったけれど、生きていく上での矛盾や葛藤を解決してくれるのは宗教しかない。だからこそ、人は仏様にその力を求めている。手を合わせたりする場が大事だと思っているのです。お寺を建立した時、本当に多くの方から寄付をいただいたのですが、ある方が働いていないのに多額の寄付をくださいました。〝寄付よりも生活費のたしにしてください〟というと、〝お寺のためではない。亡くなった主人の供養のために出すお金です〟といわれたのです。冷や汗をかきました。自分はまだまだだなと。〝ご本尊に呼ばれてお寺に来た〟という方もおられました。仏事の簡略化がいわれますが、生きる上では矛盾に応える精神世界の場が必要で、僧侶はそこに尽くす存在なんだと私がお寺に集う人たちに教えていただいているのです」

 

【記事紹介】月刊住職2016年2月号掲載



2016年02月01日