月刊仏事の記事


法話を中心として、口コミでお寺を建立  

 

一妙寺は、ゼロからはじめて、ほんの数年で、落慶法要までたどりついた東京郊外のお寺である。法話会を中心に口コミで人を集め、数年で50人の信徒を集め、檀家ゼロからわずか3年3か月でお寺をつくりあげたという稀有な事例である。一妙寺を建てあげた赤澤住職は日蓮宗の国内開教師の第一号である。 自分の信仰を養った高校時代  一妙寺の住職・赤澤貞槙師は昭和55年、サラリーマン家庭の子供として誕生した。川崎市で育ち、中学3年生のときに、はじめて身延山に登った。本堂でお参りしていたときに、「あなたはお坊さんになりなさい」という声が聞こえ、「はい、分かりました」と返事をし、宗門の身延山高校に入学した。  

 

生徒はみんなお坊さん、先生もみんなお坊さんで上下関係は厳しかった。その3年の厳しい生活の中で精神力を養うことができ、赤澤住職の原点になったという。  身延山高校では、朝から晩までお寺の中に身を投じている。365日、夜、布団の中にいるときもお坊さんであり続けるために、お坊さんとしての知識、技術を超えたお寺ならではの感覚が養われたという。振り返ってみると、一寺を建立する場面において、この感覚なくしては、今日のお寺はなかったと赤澤住職は捉えている。     

 

信仰は生ものであり、諸行無常、移り変わっている。今日の信仰と明日の信仰は違う。生きている時間が違う。期間限定、場所限定の研修所のようなところでは、僧侶のスキルは生きこないと赤澤住職は考えている。それよりも、身延山のようなところで、朝から晩まで厳しい上下関係のお寺に身を投じ、自分の信仰を養うことが大事だったと赤澤住職は振り返っている。  

 

身延山高校卒業後は、立正大学仏教学部に進学した。都心のお寺に住み込みをして、寺の仕事もしながら大学生活を送った。そうする中で、檀家さんと住職さんたちの間に立っていて、とても温度差を感じるようになった。それは、お寺サイドが思うことと、檀家さんたちが思うこととの温度差だったという。既存のお寺がこのようであるのはどんなものなのかと思い、自分でお寺をつくってみようと思うようになったという。

 

畳8枚の小さな本堂でスタート  

 

28歳のときに、日蓮宗の国内開教師の第一号になった。浄土真宗でいうところの都市開教である。日蓮宗ではかつて国内開教師募集があったそうであるが、そのときは応募者がいなかった。赤澤住職が宗門に問い合わせたところ、再募集をするということで、赤澤住職が応募し、日蓮宗の国内開教師の第一号になったのであった。  

布教する地を、東京の国立に定めた。国立にはマンションが多いため、お寺との関わりのない地方からの移住者も多いのではと考えた上での土地の選定であった。平成22年10月に国内開教をスタートさせた。同年11月には、国立の一橋大学近くの賃貸物件に、国立布教所を開設した。妻と3か月の子供を連れての畳8帖の小さな本堂でのスタートであった。  

 

平成22年12月には、赤澤住職の知り合い数人を相手にして第1回法話会が開かれた。こつこつとした活動をつづけ、平成24年1月には26名の檀信徒と身延山久遠寺の本堂において、大震災の慰霊法要を執り行うなどした。  

 

また平成24年5月には、賃貸物件としては初のお寺としての認証を日蓮宗から受けた。平成25年1月には甲州街道に面した60坪の土地を取得した。同年5月には法華経で地鎮祭を行った。そしてお寺の建立は着々と進み、平成26年11月3日に一妙寺で開山落慶法要が行われた。

 

一妙寺の方針  

葬儀、法要、墓前回忌法要などといった相談を一妙寺の赤澤住職は受け付けている。また、一妙寺の永代供養墓は他の方の遺骨と混ざることなく個別に埋葬されており、家の宗旨、宗派に関係なく困っている人たちを受け付けている。心志金は15万円となっている。  

今後の課題は、借金をしてお寺を建てた為、それを返すこと、宗教法人に認定を得ること、話がうまくなるなどのお寺のソフト面での充実、この3点だという。

 

一妙寺の法話会  

一妙寺の布教の中核である法話会は、毎月第4日曜日の午後に行われている。最初は住職の知り合いの2,3名の参加であったが、着実に参加者が増え、現在は50人ほどが訪れるという。  

法話会は14時からお経をあげることから始まり、その後、先祖供養を行う。そして、法話が10分から20分かけて行われる。その後、茶話会が行われ、16時ごろに解散という流れた。参加者は関東全域からあるという。みな、口コミによる参加だ。横須賀、千葉、東京23区、埼玉、横浜、八王子、高尾、そして近所の人らが参加している。  

 

赤澤住職が法話の際に心がけていることは、分かりやすい話であること、長くない話であること、続きを聞きたくなる話であること、の3点である。また、法話の根底には、自分の言葉で、自分の信仰を語るということがある。話をすれば、普段住職がどんなことを考えているのか、などがすぐに伝わるためだ。

 

法話の力を見直す  

数年でお寺を立ち上げたというと、カリスマ性がすごい人物なのではないかと読者は思われるかもしれない。しかし、赤澤師は子供のころから、生徒会長や生徒会書記、学級委員などをつとめたことは全くないという。ビジネスの経験を活かして、教勢を拡大したわけでもなく、宗門の身延山高校から、宗門の立正大学仏教学部を卒業したという、僧侶としてはいわば純粋培養の経歴である。  そうした人物が、法話を中心として、口コミでお寺を建立したのである。このケースは、これからの日本の伝統仏教の布教の在り方を考える上で、非常に参考になるケースではないだろうか。今一度、法話の力を見直してみるとよいのではないだろうか。

 

【記事紹介】月刊仏事2014年12月号掲載



2014年12月01日