開経偈のお話【1】

「無上甚深微妙の法は百千万劫にも遭遇たてまつること難し」

無上とは「この上無い」という意味です。甚深とは「深遠である」ということ、微妙とは五感だけでは認識することもできず、心に想い描くこともできない「精妙なもの」という意味です。

法とは森羅万象の一切を創りだす「宇宙の法則、自然の摂理」をいいます。

百千万劫とは天文学的な「長い時間」、遭遇たてまつること難しとは、「なかなか出会うことができない」という意味です。

私たちはこの宇宙の法則によって活動しているにもかかわらず、物質の利益を追求するのでこの法則を自分の人生に入れようとはしません。そのような生き方である限り、真理に遭遇することはできません。


自然の摂理、宇宙の法則である「妙法」はあらゆる存在の根源であり、あらゆる存在を成立させている法則なので心の内、外にかかわらず遍満しているものです。そしてどんなに小さな存在であっても、そこに妙法が働いています。

この妙法を学ぶためには己の心を深く掘り下げて、心の眼を開かせる必要があります。このことから人生の宝物は己心の中にあることがわかります。

「我今見聞し受持することを得たり」

この妙法の教えを見て聞いて学んで、生きる指針と致します。

「願わくは如来の第一義を解せん」

如来とは妙法を悟って、妙法のままに生きられる方をいいます。仏様のことです。
第一義とは究極の真理ということで、妙法を意味します。

つまり、妙法に遭遇できるよう心を深く掘り下げ己心を開かせますので、何卒、自然の摂理、宇宙の法則を正しく理解できますようにという意味です。

2015年08月01日